2026年5月2日土曜日

一日一曲「踊り子 / Voundy」

Voundy(バウンディ)は

spotifyで知りました。

いい曲だなとも思いましたが

それ以上に

気になったのがその聴こえ方でした。

どうも日本人には聴こえなかった。

確かに日本語で歌っているのだけど

韓国や中国の方が

熱心に日本語の唱を歌っている。

そんな印象でした。

コリー・ウォンというギタリストと共作していたりと

その辺りに秘密が隠されているのかな?

キング・ヌーにも感じるけれど

どうも日本人っぽくない。

世界基準というより

もっと言うとアジア圏から出てきた。

そんな印象を受けます。

聴いている人も語弊があるかも知れないけれど

そんな方が多いのではないでしょうか。

それにしても

踊り子をアルバムのフックというか

勝負曲に持ってきたのは

誰のアイデアだろう?

いい曲だけど

こんなシンプルな曲が

ヒットしたのは

いろんな意味で

幅が広がったと思う。

”踊り子”という曲名も

やっぱり日本語な感じがしませんもんね。

大ヒットしたというより

日本語以外の音楽が

受け入れられてきている。

そんな間口を感じさせる、

Voundyの”踊り子”でした。



2026年4月20日月曜日

一日一曲『バッド・ガイ / ビリー・アイリッシュ』

今日は新世代の歌姫、

ビリー・アイリッシュ。

曲はバッド・ガイ


僕は

そんなに彼女の歌を

熱心には聴いてこなくて

音がよくて可愛いなくらいの

印象ぐらいしかありません。


けれどこのバッド・ガイだけは

レイガイで

大好きです。


エレキギターにはスポットを当てず


ドラムとベースで引っ張っていく。

まぁ、ドラムンベースですね。


The 1975でも思うことですが


新しい世代の方たちのリリック。


すごく深みがあって

ほんとどこで勉強したんだろう。


やはりここら辺りがまだ日本人が

世界に溝を開けられている点ですね。


ただ過激な言葉を使えば、

言葉数を増やせれば

世界基準になれると思っているところが


今のJ-POPの限界です。


確かに日本人は今、需要がある。確かに。


けれどコンテンツ自体が優秀なのか、

と言えばそれは違うと思います。


それについては

また別件で触れるのだけれど


なぜ、ビリー・アイリッシュの

ビデオが

洗練されているのか

美しいのか。


それは2次元の世界で充足しているだけでは

永遠にわかりません。


なにか問題を起こしたのかな?


最近おとなしいけれど


ぼくは彼女には

こういう

挑発した

好戦的な

楽曲を期待しています。


ビリー・アイリッシュのバッド・ガイ。でしたー。



2026年4月16日木曜日

一日一曲『めまい / DREAMS COME TRUE』

昨日と一昨日

お休みしましたが

3日目の今日は

ドリームズ・カム・トゥルー。

曲はめまい。


ドリカムは僕の

お姉さん世代に当たります。


音楽産業が激動だった90年代初頭に出てきた。

ぼくももちろんCDを手に入れたし、

何度も聴いてきました。今も然りです。


彼らを一回で語ることは出来ません。が、


この「日本」という国で

音楽で

クオリティーというジャンルがあるのなら。

このグループはてっぺんです。


ぼくも

作品を出す度に

クオリティーを落とさずに

気を付けています。


今の若い人たちに言いたいのはそこなんですよね。


クオリティーをコントロールすることで

客をキープしているつもりでしょうが


そんなことをしていると

客は逃げますよ。


やりたいことをする。

クオリティーを調節する。


残念ながらこれは同じではありません。


めまいという曲が

秀逸で

リズム、メロディーが

完璧なのですが

それよりも

サビのキーを伸ばすところで

コードだけを

変えていく手法。


僕はR&Bはあまり勉強していないので

迂闊には言えませんが

これは

吉田美和さんの発明だと思う。


僕も何回も真似しています。


ある世代にとって

彼女は教祖でした。

今の人たちにはどうなんだろう。


ネガティブな側面もあるけれど

それも

含めて

前進し続ける

この世代の方たちに

畏敬の念を覚える


DREAMS COME TRUE。で

曲はめまい。

でした。



2026年4月9日木曜日

一日一曲「Workin' Hard / 藤井風」

さて2日目の今日ですが

藤井風を取り上げたいと思います。


パブリックなイメージの強い彼。

なかなか

取り上げるのもリスキーな

行為です。


音楽的な才能は

ご周知の通り。


けれど僕が

注目したいのは

そのミュージックビデオ。


YouTube時代になり

ミュージシャンはイコール

動画を作れてなんぼになりました。

僕もご多分に漏れずで

毎回あーでもないこーでもないとやっています。


役者としても

非凡な才能を秘めていて

毎回よくこんな表情が

出せるなと感嘆します。


特にベーシックな素養は薄い。


それでも

見させてしまうのは

世界観で勝っているからだと思う。


お金をかければいいってものでは

ないと思うけれど

毎回やりたいことが

きちんとあって

それが尽きないのは

それはやはり新世代の物なのでしょうね。


特にWorkin' Hardのビデオでは

やりたいことが

てんこ盛りで

ネタが持つのかなと心配してしまいます。


音楽的な才能は実証済みですけれど


映像の世界に飛び込んでも

面白いんじゃないかなぁ。


今回は

ミュージックビデオにスポットを当てたく

藤井風を選びました。


曲はWorkin' Hard。


ナイスガイですね。



2026年4月8日水曜日

一日一曲「逃げたりしない / To Be Continued」

自動変換が機能しないくらいに

空いてしまいましたが

久しぶりの一日一曲。

その間に政権に変動があったり

戦争による

物価の高騰がヒステリックになったりと

世も末です。

白馬村も

皆さんご周知のとおりその余波が極まっています。

村は外資系に占領されたりと

原型が無くなって来ましたが

私はこの村と心中する思いです。

僕に限っては幸い今まで通り活動を続けることが

叶っております。

これも一重に皆様の御尽力の賜物です。

さて連載も

休止期間中にネタも溜まって来ました。

その中で

To Be Continuedの逃げたりしない

この曲は

確か1995年くらいだったかな。

ローカル局でオンエアされていた

ソニーミュージックTVのCMで使われていました。

当時最新技術だったMDウォークマンのタイアップで

お金がかかっていた。

ただやっとチャゲアスだビーズだを卒業した

ぼくには

その音楽は疎ましかった。

もっと言うとダサかった。

今更TMNでもないだろう。

それが僕の彼らへの態度でした。


時は流れ2026年。

海外のリスナー、また若い世代に依る

シティ・ポップの

再評価の波は

僕にも届いていて、


逃げたりしないのきめ細やかなリズム、

16ビート。

そして中域を聴かす

シンセサイザー。

高校生だったぼくには

思いも依らなかった拘りでした。

あと、断言は出来ませんが

これは多分海外の手が入っている。

でないとちょっと説明出来ないほど

音がいい。


また再始動している彼ら。

その動向に目が離せない

To Be Continued。

曲は逃げたりしない。


と、まだ勘が戻るには

時間がかかりそうですが

一日一曲。

のんびりお付き合いくださいませ。



2025年11月16日日曜日

さぁ、上がるか。

やるべきことをやった。

仕事も全うした。

ここに帰ってきた。

あの場所もあの店もあのころの友達も何一つなかった。

君はもう見つけたろう?

輝く星に。

見つけたろう?

この街に。

おれたちの坂道。

掛け買いのない人生でたった一度だけの時間。

すべてを諦めて。

やれるだけやったんだ。

ここは銭湯。目の前の景色が霞んでいく。

古いタイルを眺めここはどん底。

さぁ、上がるか。

2025年3月27日木曜日

一日一曲「スモーキン・ビリー / ミッシェル・ガン・エレファント」

ミッシェルを取り上げるのは

初めてで大分遅れてしまいました。

理由はブランキー・ジェット・シティ同様

失礼がある場合殴られる可能性があるからです。

以前

ブランキー・ジェット・シティは

ピュアリストである故に

外部の風を取り入れたことで

自爆したと書いたことがあります。

ミッシェル・ガン・エレファントも

ピュアリストでした。

彼らも楽器としては3つだけを守り通したのですが

ただ彼らは楽曲としては

もともと色々やっていたんです。

ただピュアリストを求められた。

そこから追い詰められていった印象があります。


スモーキン・ビリーが出たとき

その堂々たる楽曲に

驚きを覚えました。

こんなキャッチーな曲に

リアリティを携えることが

今でも可能なんだという

ちょっとぼくの

常識を覆してしまった。


彼らの軌跡は

敗北の軌跡だったけれど

それが

そのまま

日本の音楽の

歴史になったんです。


ミッシェル・ガン・エレファント。

曲は

スモーキン・ビリー。

でした。




一日一曲「me-me to be happy / 不二 未知世」

今日の一日一曲は

兼ねてから近しい人を取り上げたいと思い

不二 未知世(ふじ みちよ)さん。

不二さんとは2014年から仲良くさせて頂いている友達。

僕がお世話になっているエンジニアの大野ヒロさんを通じて

知り合う事が出来、僕の今更、見逃してで歌って頂けることも叶いました。

折角近いのだから普通に曲を取り上げるのももったいないので

ご本人にインタビューしました。

その模様を拙いながらまとめてみました。

ドキドキですが良かったら最後まで読んで下さい。


__もともとホイットニー・ヒューストンに憧れてたんだよね?

不二 未知世(以下、不二) : そうです、めっちゃ憧れてました。

__映画のボディーガードからだよね?そこから掘り下げていく感じ?

(不二) : いえ、違うんです。ちょっとご縁があって。中学生の時に英語の授業の時に先生がホイットニーのアルバムを流してくれてたんですよ。そのアルバムの中にグレイテスト・ラブ・オブ・オールつていう曲があって。その曲が流れた時にわたしがずっと家で聴いていたオルゴールCDの中のメロディと一緒だったことに気付いて。それで先生に「この曲なに?このメロディ知ってる!」って。
そしたらこれはホイットニー・ヒューストンだよって教えてくれた。13歳だったと思う。それでそこからアルバムを聴き倒しました。

__それまでは音楽は?初めて買ったCDとか覚えてる?

(不二) : 歌うことは好きだったんですけど全く。初めて買ったCDもホイットニーでした。
子供だったんでお小遣いで買える範囲で(笑)

__不二さんは楽器は持たないんだよね?

(不二) : うん。楽器は持たなくて、ピアノも家は習わしてもらえるお金が無くて。子供のころに泣いて(ピアノを習わしてほしいと)お願いした記憶がある。
その代わり英語を習わしてもらっていた。両方は無理だと。

__なんか子供の頃ってそういうの理解できなかったけど今だったら分かっちゃうよね。

(不二) : うん。でも歌手になってからお母さんに「あんたにピアノを習わせてあげたらよかった」って言われたけど、そのおかげで大野(ヒロ)さんに横でピアノを弾いてもらえるという保険が出来たというか(笑)わたしはそれで歌に集中できるようになったんです。

__英語を習ってたって、海外留学とかしてたの?ちょっと話し方が海外訛りな印象がある。

(不二) : 留学はしてないんですが小学校6年間英語教室に通ってました。でも授業はみんなやる気がなくてずっと遊んでた記憶が(笑)でもよく言われます。髪もくるくるでスパニッシュ?とか。

__すごいコンプレックスだったんだよね?何かの歌詞にあった気が、、

(不二) : me-me to be happyですね。天然パーマで(笑)あの曲は自己肯定が主題。

__そこから音楽は?完全にホイットニーに憧れて、みたいなのとは違う気がするんだけど。

(不二) : はい、ホイットニーへの憧れだけじゃないんですけど。ただ2012年にホイットニーが亡くなってしまうんです。彼女の薬物依存は、ボビー・ブラウンと出会ってからという巷の噂もあるんですが、もっと昔、デビュー後すぐからとも言われていて。ショービジネスの性と申しましょうか、、
ホイットニーの死はすごいショックで。

その頃にボイストレーニングスクールに通い始めていて。それでホイットニーの死に何故か使命感を感じるようになって。

そのあと決定的になったのが従妹の結婚式。披露宴の余興でゲストのバンドが用意されていた。その時にわたしの亡き父が「うちの娘の方が歌上手い」と言い出して(笑)。
母も乗り気で歌って来いと。それで父が司会者の方に直談判したら通ってしまった。
その時に歌ったのがアメイジング・グレイス。
無我夢中で歌った。会場は拍手喝采。バンドの方も褒めてくれて。とにかく必死だった__



お話を聞かせて頂いた通り不二 未知世さんは我のないアーティスト。
ライブでも観客の目がキラキラしているのが印象的。みなさんも彼女のメッセージに偽りがないことを見抜いているのでしょうね。

もっとお話をお聞きしたかったのですが僕の腕では今回はこれが限界でした。

不二 未知世(ふじ みちよ)。

曲は等身大の自己肯定を歌う

me-me-to be happy。

でした。









2025年3月6日木曜日

一日一曲「消えた太陽 with HHH / 田口英」

宣伝が下手なので

このブログを読んでいる方でも

ご存じない方がおられるかもですが

3月17日に

ぼくの新しいEP

消えた太陽が

リリースされます。

沢山の方にご協力いただいた

力作なので

是非手に取ってもらいたいです。

YouTubeにて消えた太陽のコマーシャル

放映しておりますので

是非ご覧下さいませ。


最近のぼくは

とても充実しています。

会社の会長に

今年は蛇年で

いままでの成果が報われ

脱皮する年だと言われ

心が躍っております。


ぼくの夢は

ミュージシャンとして成功すること。

そして

その時に一市民としてその光景を眺めたい。

それがぼくの願いです。


まだまだ成功したりないですが

後者は達成できているかな。


3月17日発売です。

ご予約お待ちしております。


田口英




2025年3月1日土曜日

一日一曲「さよならCOLOR / スーパー・バター・ドッグ」

以前

ハナレグミ永積タカシさんの家族の風景を

取り上げましたが

一日一曲「家族の風景 / ハナレグミ」

その彼の前身

スーパー・バター・ドッグ。

曲はさよならCOLOR


日本のホテル・カリフォルニア

なったこの曲。


初めて聴いたのは

西宮市のテラスのあるバー。 

2000年くらいじゃなかったかな。

いい曲だなとは思ったけど

ここまで影響力を持つ

ようになるとは思わなかった。


この曲が

特別なのは

そのメッセージが捨て身であること。


自分は死んでもいいから

あなたは生き残って下さい


というのは

穿った見方ですが

日本人には

とても心地良いのかも。


それ故

僕はこの曲に対して

ずっと距離を置いています。

コピーもしたことがありません。


その辺りについては

また別件で触れますが


この曲が

00年代以降の

日本の音楽を

覆ってしまうとは

僕がハタチそこそこ

の時は

思いも依らなかった

スーパー・バター・ドッグ。

曲はさよならCOLOR。

でした~


2025年2月17日月曜日

一日一曲「ロマンス / 羊文学」

2017年から活動を始めた

羊文学は

今はもう各所に引っ張り凧の人気者です。

以前

緑黄色社会を称して


いそうでいなかったグループ


と呼びました。

彼らはどうでしょうか。


実は

彗星のように

現れた

羊文学は髭男やキング・ヌー

同様

今までにあった

フォーマットのグループなんですね。


このグループの最大の功績は

日本の音楽市場に

北欧の要素を取り入れたこと。


その事で

長い間続いていた

舶来主義が

緩和されたように思います。


ロマンス

聴いた時に

その大胆な歌詞に驚きました。


新世代による

ジェンダラスな波は

留まることを知りません。


新潟の

糸魚川に訪れた時

商店街の酒屋さんで

この曲が流れてて

レジをしていた女の子の

趣味なのかなとか思ったりして。

カワイかったなー。

羊文学の

ロマンス。

女の子は無敵ですね。



2025年2月8日土曜日

一日一曲「FAIRWAY / SUPERCAR」

ぼくは

スーパーカーが

嫌いなのだけれど

今回で取り上げるのが

4回目になってしまいました。


同世代の方たちでしたし

その中で

自分がしたかったことを

やり遂げていた。

羨ましかった。

ぼくは彼らが

解散した時

心底ホッとした。

もう

比べなくて済む。

そんな安堵でした。

それから20年経ち

FAIRWAY

聴く。

その詩に驚く。


くるりのばらの花も

そうですけど

ぼくは当時

彼らの作品を

正面から

向かい合うことが出来なかった。


こんなに

誠実に

現実と向かい合っていたなんて

知る由もしなかった。


ほとんどフォークソングです。

ギター1本で歌える

厚みがある。


20代、

負けまいと

ギラギラしていたあの頃。


本当の仲間は

彼らだったのである。


スーパーカーの

FAIRWAY。

でした。



2025年2月7日金曜日

一日一曲「リズム・ネイション / ジャネット・ジャクソン」

ジャネット・ジャクソンの

リズム・ネイション

発表された1989年、

僕は小学校4年生だった。


人生絶好調の時であり

怖いものなどなかった。


身長は平均的で

ちょっとポッチャリしていて

顔は猿みたいだったが何故かモテていた。

おそらく

裕福な家庭に生まれた

育ちの良さが出ていたのでしょう。


その頃はまだ自分が地獄を生きることは

知る由しなかった。


リズム・ネイションは

その頃より

高校生くらいになってからの

方が衝撃を感じた。

ぼくも音楽の道を志していて

その

創造的な楽曲に畏敬の念を覚えた。


ジャム&ルイス、プロデュースによる

楽曲は

ポップミュージックの臨界点だと思う。


曲の持つ

迷いなき高揚感、

人種差別への抗議。


まだ音楽が

スターによるものだった時代。


誰もが平気で

人を殺す時代に

このパッションは有効なのだろうか。

まだ闘えるのだろうか。


ジャネット・ジャクソンの

リズム・ネイション。

でした。



2025年2月4日火曜日

一日一曲「bloom - Object RMX / レディオヘッド」

少しお休みしましたが

久しぶりの投稿です。


今回は

思うところがある

"リミックス"について。

もともと

レゲエから

発祥した

元の楽曲を編集し直して

別の楽曲に仕上げてしまうという

音楽的技法。


今では

それだけを

集めた

リミックス・アルバムも

存在する。


これは

もしかしたら偏見かも

知れませんが

ぼくは

リミックスというのは

本来

商業的な抜け道として

機能していたと思うんです。

シングルを

出したら

B面を何曲がつけないと

ボリュームが出ない。

そこでリミックスを

入れることによって

少し楽が出来るという

"如何わしさ"があった。


商業的な事情かそこにはあった。


ぼくは

"実験的"な音楽の

リミックスというのは

違うと思うんです。


リミックスは

"シングル"あっての

副産物。


実験的な音楽の

リミックスを

出すことは

音楽の商業的インパクトを

縮小させていないでしょうか。


レディオヘッドの

Bloom - Object RMX

聴くとそう感じてしまうのです。


今回は

少し暴論かも知れませんが

考えていることを吐露してみました。


"リミックス"について触れてみました。





2025年1月21日火曜日

一日一曲「Tong Poo / YMO」

YMOを

知ったのは

1993年。

フジテレビで

放映された

カルトQという番組で

東風(Tong Poo)

聴いたとき、

体に何かが起きた。


それまでは

B’zやチャゲアンドアスカなど

どっちかって言うと

アイドル的な聴き方を

していた僕に

初めて

"音楽"を体験させた。

次の日に

迷いなく

隣町のレコードショップに行き

ベストを買っていた。

中学2年生だった。


歌がなく

あるのは

東洋的なメロディ。

そしてシンセサイザーの音。


今でもこの曲が

特別なのは

あの

ゲリラ的な始まり方。

世の中に喧嘩を売っている

低い低音の音が

妖しい予感をさせる。

逝去された

坂本龍一さんが

後にYMOはバイトだったと

語る

軽薄さもアブナイ感じで良かった。


今思えば

前述のアイドル達を

アイドルなりに聴いて来た

耳が肥えて来て

ネクストレベルに

到達したのが

たまたまYMOだったのかなと

思うけど。

中学1年、

イジメに遭い

友達のいなかった

ぼくの時間を

とても有意義なものにしてくれた。

夢中だった。

お小遣いを

全部YMOに遣ったんじゃないかな。


今もう一度

YMOが現れてくれたなら。

こんなつまらない

世界から

連れ去ってくれたなら。


あの中学2年生の頃と

今をダブらせる。


今はもう聴かないYMOの

東風(Tong Poo)

でした。



2025年1月20日月曜日

一日一曲「YMCA / ヴィレッジ・ピープル」

ヴィレッジ・ピープルを

ご存知だろうか?

グループは

知らすとも

YMCA

知っているのではないでしょうか。


西城秀樹さんが

ヤングマンという

タイトルでカバーしているあの曲です。


ヴィレッジ・ピープルは

フランス人音楽プロデューサー、

ジャック・モラリによる

男性コーラスグループ。

ゲイに訴えるという

コンセントを元にした。


モラリが

ゲイのディスコで

見た

インディアンや作業服の

コスプレから

着想し

メンバーを集めた。


同曲は

大ヒットを飛ばし

スターの仲間入りを果たした。


ヤング・マン・クリスチャン・アソシエーションの

略で

キリスト教徒の為の

宿舎という意味ですが


ゲイの溜まり場という

暗喩もある。


ぼくはU2の

ディスコティックという曲で

彼らの

コスプレを

パロディにした

ミュージック・ビデオで

その名を知りました。


メンバーチェンジを

繰り返しながらも

活動を続けている

如何わしく

熱い

ヴィレッジ・ピープル。

曲はYMCA。

元気だなぁ。



2025年1月19日日曜日

一日一曲「プレジャー・ドロップ / ズボンズ」

一度

触れておきたいなと

ズボンズを選びました。


90年代中頃から

活動を始めた

バンドで

大好きなグループです。

粗暴なギター、

ダンサブルで

腰で感じるグルーヴ。


とても音楽が深く

陳腐に聞こえるかも知れないけど

すごく誠実です。

このプレジャー・ドロップ

そうで

その音一つ一つが

とても丁寧に

鳴らされていて

等身大のソウルがある。


以前

サニーデイ・サービスの

曽我部恵一さんを

友部正人さんや

泉谷しげるさんと

通ずる

時代を映す透明な存在と称しましたが

一日一曲「NOW / サニーデイ・サービス」

この

ズボンズの中心人物、

ドン・マツオさんも

そうではないかと思うのです。


僕が10代の頃に

憧れたバンド

ズボンズ。

曲はプレジャー・ドロップ。

でした。



2025年1月17日金曜日

一日一曲「ウィズ・オア・ウィズアウト・ユー / U2」

U2は

何周目に入ったか分かりませんが

U2です。



世界的に認知されている

この曲。

しかしながら

ぼくはまだ

この曲を

掴みきれていません。


悲痛なラブソング、

宗教によって

引き裂かれた

恋人の話。


諸説ありますが

もっと深みがある気がします。


何と言うか

虚無そのものを描いているというか。


聞いたことがあるのが

こんなにU2らしい

曲が大ヒットしたのが

不思議だという事。

なるほど

確かに

ヒットソングは

そのアーティストの中でも

割と軽いというか

ちゃちゃっと書いたものが

多い傾向がありますよね。


そんな中で

U2の本道の

ようなこの曲が

大ヒットしたのは

一重に

ライブ活動で

地道に距離の近い

ファンを獲得していったからかも知れません。


この曲の眉唾なのは

最後のジ・エッジのギター。

ヴォーカルのボノの

ファルセットボイスが

終わった後

派手なギターソロではなく

淡々と

控えめな

同じリフが続きます。


これは

ジ・エッジの発明で

ぼくも真似しました。


トーンを落とす事で

物思いに耽ってしまうという

高級な技です。


ベーシストの

アダム・クレイトンの

ベースラインも

U2印で

多くのグループか模倣しています。

ぼくもご多分に漏れず。


ぼくもこんな曲が書ければ

億万長者になれると本気で思っていました。


なかなかそんな曲は書けない

U2の

ウィズ・オア・ウィズアウト・ユーでした。



2025年1月16日木曜日

一日一曲「悲しくてやりきれない / コトリンゴ」

先日

ラジオを点けていたら

流れてきたのが

コトリンゴさん。


消えそうな声で

囁くように歌う。


怒られるかも知れないけど

こういう人は

ぼくが音楽活動をする上で

いつもいました。


線の細い

弾き語りの

女性アーティスト。


伽藍洞の

ライブハウスにいつも

華を添えてくれました。


あまり意識してこなかったのですが

敢えて失礼を

承知で言えば

同じ弾き語りでも

ちょっと

ぼくとは

出生が違う。


野心がないわけではなく

ふつふつと

確かな

想いを

抱きながら

活動をされている気がします。


素敵だな

というだけでなく

弾き語りの

在り方に

沢山の可能性を

見てしまうのです。


悲しくてやりきれない

ザ・フォーク・クルセダーズの曲ですが

これは

コピーではなく

カヴァーです。


その辺りについてはまた

今度という事で

コトリンゴ。さんで

悲しくてやりきれない。

でした〜



一日一曲「長い間 / Kiroro」

キロロは

1995年に結成した

90年代アーティストですが

ほくが普段から

言っている

"オルタナティブ"とか

"UK"であるとか

そういうところと

全く関係ないところで

発掘されました。

でも

激動の90年代

洋楽が

熱かったあの時代

その辺りの

音楽を聴いていないわけが

ない筈である。

ただ

ピアノ弾き語りという

黄金旋律を見つけてしまったので

"打ち込み"であるとか

"バンド"であるとか

そういうものに

素早く距離を置くことに

成功した

稀な人たちです。


画期的で

この曲で

女性アーティストの

間口を

ぐっと押し広げました。


愛してる、まさかね
そんなこと言えない


という細かい機微。

1998年当時

同僚だった

さやかちゃんに

真面目に

なんで?

と聞かれたのを

思い出します。

その深い洞察力は

海外の

詩を沢山

読み込んだからではないでしょうか?


アジア圏に

絶大な人気を誇る

彼女たち。

ぼくも早速楽譜に起こさなくては。


Kiroroで

長い間。

でした。