2026年5月18日月曜日

一日一曲「雨が空から降れば / 小室等」

ぼくは

今から10年ちょっと前に

竹原ピストルから

弧を描くように

友部正人さんに行き着き

そこから

70年代フォークに

開眼し、

第2の音楽人生を

始めたわけです。

その10余年の間に

それらしい曲も書いたし

彼らの歌を歌ったりもした。

けれど

近づけば近づくほど

足らなさを

感じていきました。

ぼくは今はもうはっきり

彼らの仲間入りが

したいと思っているのかも知れない。

その為には

その時代背景を学ばないと

いけません。

その詩はどこから来たのか。

ヌーヴェル・ヴァーグとは

どんなムーブメントなのか。

フォークはどこから来たのか。

70年代から

90年代、

高度経済成長期で

ハイビジョンの画面の中、

あっという間に

周りはカラフルな

衣装を着て

当の本人たちは

取り残された時代遅れ。

けれど今

彼らだけが

表現としてバテていないように思う。

小室等さんの冴えなさが極まった

ルックスは

音楽の本来そのものの

力への信頼の

表れなのでしょうか?

雨が空から降ればという

歌の雨は

どうやら

特に暗喩を含めたものではないみたいです。

悲しみや切なさとも違う。

当時

どのような思いで

聴いてたのかな。

それを知るには

もっと言葉に

耳を傾け

その時代を知らないと思う

小室等さんで

雨が空から降れば。

でした。




2026年5月14日木曜日

一日一曲「ヴァイオレンス・オブ・サマー / デュラン・デュラン」

デュラン・デュランは

前回のオーディナリー・ワールド

続き2週目で

今回はヴァイオレンス・オブ・サマー

この曲を初めて聴いたのは

1995年くらいで高校生だったと思う。

洋楽に

精通し出した頃で

遡って聴くようになった。

もともとテクノな音のYMOが大好きで

ブルーズギターを

全面に出したバンドサウンドには触手が動かなかった。

その中で聴いた

デュラン・デュランの音楽は

言うなればどストライクだった。

演奏すると言うよりも

創造的で

ギターもシンセサイザーのように使い

ピンポイントで鳴らす

センスを研究したこともあります。

リアルサウンドでは

なくメッセージにも

普遍性がなかったので

徐々に離れていくことに

なったのですが

日本では緑黄色社会が

とても近い存在だと思います。

この曲と収録されたアルバム、リバティは

ヒットしませんでしたが

このアルバムでの方法論は

次のザ・ウェディング・アルバムで

見事に結実し大ヒットしました。

当時、テクノ・サウンドが

台頭し出した頃で

バンドも会社も売り出し方が分からなかったのでは

ないでしょうか。

邦題も"夏のヴァイオレンス"で

そりゃ売れんわな。

この曲の

少し外したシンセメロディー、

力強いキックドラム、

第2期黄金時代を支えた

ウォーレン・ククレロの控え目だけど

完璧なギター。

そして洗練されている

サイモン・ル・ボンの声。

灰色の高校生活を

送っていた僕は

その世界を大いに夢見ました。

でも音の引き算というのは

ここで学んだし

僕の音作りの

礎にもなりました。

当時は

曲作りの構成など全く

分かっていなかったけど

こういう曲を作って

天下を取るんだと渦巻いていた

ヴァイオレンス・オブ・サマー。

デュラン・デュランでした。



2026年5月2日土曜日

一日一曲「踊り子 / Voundy」

Voundy(バウンディ)は

spotifyで知りました。

いい曲だなとも思いましたが

それ以上に

気になったのがその聴こえ方でした。

どうも日本人には聴こえなかった。

確かに日本語で歌っているのだけど

韓国や中国の方が

熱心に日本語の唱を歌っている。

そんな印象でした。

コリー・ウォンというギタリストと共作していたりと

その辺りに秘密が隠されているのかな?

キング・ヌーにも感じるけれど

どうも日本人っぽくない。

世界基準というより

もっと言うとアジア圏から出てきた。

そんな印象を受けます。

聴いている人も語弊があるかも知れないけれど

そんな方が多いのではないでしょうか。

それにしても

踊り子をアルバムのフックというか

勝負曲に持ってきたのは

誰のアイデアだろう?

いい曲だけど

こんなシンプルな曲が

ヒットしたのは

いろんな意味で

幅が広がったと思う。

”踊り子”という曲名も

やっぱり日本語な感じがしませんもんね。

大ヒットしたというより

日本語以外の音楽が

受け入れられてきている。

そんな間口を感じさせる、

Voundyの”踊り子”でした。



2026年4月20日月曜日

一日一曲『バッド・ガイ / ビリー・アイリッシュ』

今日は新世代の歌姫、

ビリー・アイリッシュ。

曲はバッド・ガイ


僕は

そんなに彼女の歌を

熱心には聴いてこなくて

音がよくて可愛いなくらいの

印象ぐらいしかありません。


けれどこのバッド・ガイだけは

レイガイで

大好きです。


エレキギターにはスポットを当てず


ドラムとベースで引っ張っていく。

まぁ、ドラムンベースですね。


The 1975でも思うことですが


新しい世代の方たちのリリック。


すごく深みがあって

ほんとどこで勉強したんだろう。


やはりここら辺りがまだ日本人が

世界に溝を開けられている点ですね。


ただ過激な言葉を使えば、

言葉数を増やせれば

世界基準になれると思っているところが


今のJ-POPの限界です。


確かに日本人は今、需要がある。確かに。


けれどコンテンツ自体が優秀なのか、

と言えばそれは違うと思います。


それについては

また別件で触れるのだけれど


なぜ、ビリー・アイリッシュの

ビデオが

洗練されているのか

美しいのか。


それは2次元の世界で充足しているだけでは

永遠にわかりません。


なにか問題を起こしたのかな?


最近おとなしいけれど


ぼくは彼女には

こういう

挑発した

好戦的な

楽曲を期待しています。


ビリー・アイリッシュのバッド・ガイ。でしたー。



2026年4月16日木曜日

一日一曲『めまい / DREAMS COME TRUE』

昨日と一昨日

お休みしましたが

3日目の今日は

ドリームズ・カム・トゥルー。

曲はめまい。


ドリカムは僕の

お姉さん世代に当たります。


音楽産業が激動だった90年代初頭に出てきた。

ぼくももちろんCDを手に入れたし、

何度も聴いてきました。今も然りです。


彼らを一回で語ることは出来ません。が、


この「日本」という国で

音楽で

クオリティーというジャンルがあるのなら。

このグループはてっぺんです。


ぼくも

作品を出す度に

クオリティーを落とさずに

気を付けています。


今の若い人たちに言いたいのはそこなんですよね。


クオリティーをコントロールすることで

客をキープしているつもりでしょうが


そんなことをしていると

客は逃げますよ。


やりたいことをする。

クオリティーを調節する。


残念ながらこれは同じではありません。


めまいという曲が

秀逸で

リズム、メロディーが

完璧なのですが

それよりも

サビのキーを伸ばすところで

コードだけを

変えていく手法。


僕はR&Bはあまり勉強していないので

迂闊には言えませんが

これは

吉田美和さんの発明だと思う。


僕も何回も真似しています。


ある世代にとって

彼女は教祖でした。

今の人たちにはどうなんだろう。


ネガティブな側面もあるけれど

それも

含めて

前進し続ける

この世代の方たちに

畏敬の念を覚える


DREAMS COME TRUE。で

曲はめまい。

でした。



2026年4月9日木曜日

一日一曲「Workin' Hard / 藤井風」

さて2日目の今日ですが

藤井風を取り上げたいと思います。


パブリックなイメージの強い彼。

なかなか

取り上げるのもリスキーな

行為です。


音楽的な才能は

ご周知の通り。


けれど僕が

注目したいのは

そのミュージックビデオ。


YouTube時代になり

ミュージシャンはイコール

動画を作れてなんぼになりました。

僕もご多分に漏れずで

毎回あーでもないこーでもないとやっています。


役者としても

非凡な才能を秘めていて

毎回よくこんな表情が

出せるなと感嘆します。


特にベーシックな素養は薄い。


それでも

見させてしまうのは

世界観で勝っているからだと思う。


お金をかければいいってものでは

ないと思うけれど

毎回やりたいことが

きちんとあって

それが尽きないのは

それはやはり新世代の物なのでしょうね。


特にWorkin' Hardのビデオでは

やりたいことが

てんこ盛りで

ネタが持つのかなと心配してしまいます。


音楽的な才能は実証済みですけれど


映像の世界に飛び込んでも

面白いんじゃないかなぁ。


今回は

ミュージックビデオにスポットを当てたく

藤井風を選びました。


曲はWorkin' Hard。


ナイスガイですね。



2026年4月8日水曜日

一日一曲「逃げたりしない / To Be Continued」

自動変換が機能しないくらいに

空いてしまいましたが

久しぶりの一日一曲。

その間に政権に変動があったり

戦争による

物価の高騰がヒステリックになったりと

世も末です。

白馬村も

皆さんご周知のとおりその余波が極まっています。

村は外資系に占領されたりと

原型が無くなって来ましたが

私はこの村と心中する思いです。

僕に限っては幸い今まで通り活動を続けることが

叶っております。

これも一重に皆様の御尽力の賜物です。

さて連載も

休止期間中にネタも溜まって来ました。

その中で

To Be Continuedの逃げたりしない

この曲は

確か1995年くらいだったかな。

ローカル局でオンエアされていた

ソニーミュージックTVのCMで使われていました。

当時最新技術だったMDウォークマンのタイアップで

お金がかかっていた。

ただやっとチャゲアスだビーズだを卒業した

ぼくには

その音楽は疎ましかった。

もっと言うとダサかった。

今更TMNでもないだろう。

それが僕の彼らへの態度でした。


時は流れ2026年。

海外のリスナー、また若い世代に依る

シティ・ポップの

再評価の波は

僕にも届いていて、


逃げたりしないのきめ細やかなリズム、

16ビート。

そして中域を聴かす

シンセサイザー。

高校生だったぼくには

思いも依らなかった拘りでした。

あと、断言は出来ませんが

これは多分海外の手が入っている。

でないとちょっと説明出来ないほど

音がいい。


また再始動している彼ら。

その動向に目が離せない

To Be Continued。

曲は逃げたりしない。


と、まだ勘が戻るには

時間がかかりそうですが

一日一曲。

のんびりお付き合いくださいませ。