2024年11月29日金曜日

一日一曲「うんこ / 谷川俊太郎」

今日は

詩から曲をのぞき見る

ということで

先日亡くなられた谷川俊太郎さん。

うんこという詩が

面白くて

タイトルだけで人柄が垣間見えます。


ぼくも詩を書く上で

通らなければならない人だと思っています。


言葉に力があるけど

偉ぶらない。


平仮名が多くて

こうギョロッと見据えているような。


うんこというタイトルだけで

人間臭さ、平和

調和

平等

そういったものを

説教臭くなく

伝えてくれる。


まだ谷川俊太郎さん

の詩の魅力の

入口にも

入れていないけれど

まずその大胆な言葉使いを

真似したいなぁと思っています。


僕も真似して

うんち

というタイトルの曲を作りました

うんちみたいな曲だからです


もっと真似したいな


谷川俊太郎さんのうんこでした。



2024年11月28日木曜日

一日一曲「君という花 / ASIAN KUNG-FU GENERATION」

今日は早くもネタが尽きて

日本の王道バンド

ASIAN KUNG-FU GENERATION。

曲は君という花


この曲を初めて聴いたのは2003年でした。

いい曲だという以上に

あぁ、自分が旬であることは

終わったんだなと感じました。

9つ離れた

弟が大好きなバンドで

ムキになる事も出来ず

淡々と受け入れていたように思う。


ギター・ヴォーカルの後藤正文さんが

自分より2歳も年上だったことを知って

親近感が湧くのは

つい最近で

その当時は羨望というより

ただただ羨ましかった。


その後のバンドグループの

イメージを

象った後藤さんの

ファッションセンスなど

僕にはゼロだったし

人望も無かった。


当時U2のヴァーティゴが収録されたアルバム

ハウ・トゥー・ディスマントル・アン・アトミック・ボム

が発表されて

大ヒットを記録していた時に

ヴァーティゴは大好きだったけど

アルバムはすごく冷めて見ていたな。


自分の好きだった音楽が2周目に入って

すっかり取り残された。


なんとかぼくたちもファーストアルバムを

作り上げたけど時すでに遅し。


相方が脱退を表明。

楽しかったけど僕だけだったみたいです。


あの後、続けることができたなら

相方を説得出来ていたなら。


僕もアジアン・カン・フー・ジェネレーションになれたんだろうか。


今でもおんなじ事をやりながら

想いに耽る

ASIAN KUNG-FU GENERATIONの

君という花。でした。



2024年11月27日水曜日

一日一曲「Extra / Ken Ishii」

今日の一曲は

ケン・イシイのExtra


歌のない曲なのですが

今回からインストゥルメンタルも解禁です。


以前、タテタカコさんを評して

日本における数少ないオリジネーターと呼びました。


ぼくは

日本にはオリジネーターが4人しかいないと思っています。


1人は瀧廉太郎。そして先日逝去された坂本龍一。

タテタカコ。

最後はこのケン・イシイです。


彼らには彼らにしか出せない言語があります。


ケン・イシイは

テクノというジャンルを更新し定義付けた。


テクノが硬質な音を使いながら

どこかふわっとした印象を持たしたのは

彼の発明です。


このExtraのイントロでノックアウトされるのですが

このアナログの無音から発せられる

無機質な音がテクノなんです。


ぼくもいつか自分のやり方で

テクノに接近したいなと思っています。


今日は短いですが

日本のオリジンを

紹介したく

ケン・イシイを取り上げました。


ケン・イシイのExtra。でした。




2024年11月26日火曜日

一日一曲「トーク・トゥナイト / オアシス」

昨日はイギリスの

一大音楽ムーブメント、ブリットポップの雄

ブラーでしたが

今日はその双璧オアシス。

曲はトーク・トゥナイト


ぼくがギターを弾き語るのに

外せなく、

いい曲であるという以上に

歌を歌う意義を感じます。


ぼくが通っている学校には友達のいない高校生の頃

音楽をやりたいという想いだけはあった。


親友の水田君に撮っておいてもらった

MTVのこの曲の演奏を見た。

Oasis Talk Tonight Live MTV Unplugged Royal Festival Hall 1996.

冬の季節で部屋はストーブで暖かく

湿気もありポカポカだった。

とにかく嫌だった学校帰りに見たこの映像は

正に桃源郷だった。

確かな幸せがそこにはあって

ぼくもノエルのようにギターが弾きたかった。


音楽は美しい以上のものがある。

寄り添ってくれて

友達でいてくれる。


そういえば

まだトーク・トゥナイトのような

曲は作れてないなぁ。


オアシスのトーク・トゥナイト。

でした。





一日一曲「ビートルバム / ブラー」

といういうわけで戻ってきました一日一曲。

およそ1年と半年ほど間が開いてしまったかな。


薄々待っていた人が多いと推測しています。


決して遊んでいたわけではなく

来る3rdアルバムに向け

入念に下準備を行っていたのです。


そして第一弾シングルが紆余曲折ありながら

来年2025年の3月17日に発売致します。

それに伴いこの一日一曲も今日から

発売日まで復活です。

一日でも抜けたらドついてやってください。というところですが

今回は少しルールを変更。


まず一つは

今まで一日一曲カバーするということでしたが

一日一曲について語るというもの。

正直毎日楽譜を起こすのは相当ストレスでした。。

さらに一曲について語るということなので

インストゥルメンタル(歌がない曲)もアリにします。

もう一つは

毎日ではないこと。

毎日するのに勤めはしますが

出来ない日はできなかったと。


まぁ、あまり無理のないようにしようかなと。


しかしそれでも需要があると自負はしているので

よかったらのんびりお付き合いください。


では、復活の第一日目は

肩慣らしに

ブラーのビートルバムを。


この曲が発表された1997年当時

僕はU2のPOPに魅了される直前でした。

確かビートルバムが7月くらいで

POPがその一、二か月あとだったんじゃないかな。

90年代のバンドサウンドが旺盛を極めていた。


暗いエモーションでそれに終止符を打ったという意味でも話題になった曲。

ぼくは高校を卒業して

ニートを始めた年でそういう意味でも終止符を打った。


いろんな意味で感慨深く複雑な気持ちを抱く。


ブラーは定義しにくい音楽性でしたが

後年彼らのフェイバリットにこの曲を

挙げて音楽通のしたり顔をする輩が多かったが

僕は信じていない。


当時はエッジが効いていないし

シングルとしても弱いと思っていた。


けれど20年以上経って

生々しいバンドサウンドが

まったくヒットチャートに挑戦

しなくなった今となっては

輝かしい音楽だったと思う。


ぼくも当時そういう音を目指したし

見果てぬ夢だった。


ほんと青春を返せと言いたいけど

多分この年が

ぼくにとっての音楽の輝けるディケイドの始まりだったと思う。


ビートルバムは

当時の世相を反映した

テクノミュージック寄りの

トリックリズムから始まる曲で

今でも聴くに堪える。


歌詞も陰惨で暗い。


そんな自分でもいいんだと思えたけど

ぼくらはちゃんと大人になれたのだろうか。


それでも今でも

格闘し続ける

熾火のような曲。


忘れたふりをしているけど

しっかり覚醒している

永遠のアンセム。


いつか逢いたいな。


ブラーのビートルバム。

でした。