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2022年12月22日木曜日

一日一曲「竹田の子守唄 / 赤い鳥」

昨日に引き続き

赤い鳥。

曲は竹田の子守唄。


竹田の子守唄 / 赤い鳥 YouTubeより


被差別者の心情を描いた

本作を取り上げようか

迷いましたが、

昨日のポンタさんに続いて

大村憲司さんのことを

書きたかったので選びました。


大村さんも同郷兵庫県神戸市生まれ。

僕が彼のことに気づいたのは

つい最近ですが

中学生の頃夢中で聴いていた

YMOのギターが大村さんだったり

知らず知らずにずっと聞いていました。


僕の生まれでもある

兵庫県の西宮や神戸は

恵まれた地域で

裕福な家庭が多かった。


そういう意味で故郷に錦を飾って

名を挙げてやるという意味での

ハングリー精神みたいなものは

土地柄で持ち合わせにくいように思われます。


大村さんも例外ではないと思います。


ギタリストを目指していた高野寛さんが

大村さんのプレイを目の当たりにしたとき

閉口してしまい、

ソングライターに転向されたそうです。


1998年に49歳の若さで逝去された

ことを知った時は

才能と命は両立しないものなんだなと

思いました。


竹田の子守唄は

"たけた"と発音し

京都の地名らしいです。

"子守唄"も守り子唄の意で

子供を寝かしつけるのではなく

子供が奉公に向かう唄。


盆が来たとてなにうれしかろ


という詩が

働きに向かう子供の心情だと

思うと胸が痛みますよね。


部落の歌が

兵庫県の神戸という

比較的裕福な

生まれの人たちから

掘り起こされ

発信されたというのが

歴史を見るというか

言わずもがなという感じです。


亡くなられたけど

音は残っているので

大村さんのギターを聴いて

静かな夜を過ごしたいです。


赤い鳥の竹田の子守唄。でした。




2022年12月21日水曜日

一日一曲「翼をください / 赤い鳥」

今日は

1969年に

兵庫県尼崎市で結成された

赤い鳥。

曲は翼をください。




僕は村上"ポンタ"秀一が大好きです。

と言っても彼は

一時期赤い鳥に在籍していただけですが。


僕が高校卒業後バイトをして

買ったドラムキットを勉強しようと

西宮市の図書館に

たまたま置いてあったドラム教本が

何故かポンタさんので(今思えば同じ同郷西宮市だったんですね)

僕の音楽キャリアは

そこから始まりました。


プー太郎で

今で言うニートだったけど

やる気だけはあったので

ポンタさんのCDも買って勉強しました。

賞や記録、名誉などとは無縁で

日本のミュージシャンの中、彼だけは異質です。

どこか罪悪感に苛まれている

ニヒルな笑顔も

歴史の重さを語らせます。

赤い鳥も

大村憲司さんがいたからだけ

という理由そうだし

職業ドラマーとしての覚悟や

潔癖さを感じます。

日本のドラマーのクオリティーが

やたら高いのも彼の功績だと思っています。


残念ながら1年前逝去されて

お会いすることは叶いませんでしたが

彼の姿勢、理論は勉強になります。


今回はほとんど

ポンタさんの話になってしまいました。

翼をくださいは

個人的に品行方正な

歌詞がずっと苦手で

今も然り。


ただポンタさんを語りたく

チョイスしました。


大村憲司さんも気になるなと思いながら

赤い鳥。翼をください。でした。