過去の飛来号

2026年5月29日金曜日

一日一曲「太陽 / ヨルシカ」

今日はヨルシカ。

曲は太陽


太陽はYouTubeを

ネットサーフィンをしている時に

AIによって聴きました。

ここ最近の

楽曲では

めずらしく本当にいい曲だと思いました。

旋律自体はコールドプレイから

頂戴したのかなと思うけれど、

詩と

アレンジが凝っています。

声もいい。


アーティストが

顔を出さないというコンセプトが

貫かれており

僕の世代では

考えられないのだけれど

その僕の世代のおじさんおばさんに

釘を刺しときたいのは

どうやら彼らは

本当に顔を出したくないようなのです。


有名税を払いたくないというのは

自然な欲求だと思います。


今後どう落とし前を着けるかは

刮目したいところだけどなにせ若い。


今から25年ほど前

僕が

ブルジョアジーという名前で

弾き語りをしていた時

同じ田口という

画家に出会い

画廊に呼んでいただいたことがある。

当然AIもない時代で

当時まだ珍しかった

コンピューターグラフィックで

ぼくのアー写を作ってもらったりもして。

画廊に手土産一つ持っていかずに

訪れた際

「ギター持ってきたらよかったのに」

って言って頂いて。


あの時、

ギターを

持って行っていたら

田口さんの画廊で演奏していたら

僕も甘い汁を啜れていたのかなぁ。


ヨルシカの太陽

のビデオを見ながら

物思いに耽る

おじさんの夏の夜でした。


出典 : n-buna Official



2026年5月28日木曜日

一日一曲「Flowers / moumoon」

昨日に続き

moumoon(ムームーン)も

2周目に入りました。

曲はFlowers

今回はアナログとデジタルについて。


僕の記憶では

80年代中頃に

デジタルは現れて

90年代には定着した

憶えがあります。


もともと素材の1つとして

走り出したデジタルは

後々

イメージが先行して

近未来という

サウンドに移行して行きました。


ただ2000年初頭には

それも飽和状態に陥り

自家中毒を起こしました。


そんな最中

登場した

moumoonは

アナログとデジタルを

上手に使う

走りとなりました。


このFlowersがそうです。


ラジオフレンドリーな音と言われれば

そうてすけれども


では何を以てして

ラジオフレンドリーと言うのか?


それはまた今度取り扱うとして


アコースティックギターを

基調にした

楽曲に

打ち込みの

ドラム、パーカッションを

全面に

打ち出したのは

このグループが

最初ではないでしょうか。


僕もいつかやってみたいと

思いながらの

moumoonで

Flowers。でした。

出典 : moumoon Oficial Channel



2026年5月27日水曜日

一日一曲「式 / 岡崎体育」

岡崎体育さんは2週目で

前回は

"エクレア"でした。

一日一曲「エクレア / 岡崎体育」


その中で

僕は

エクレアは

当事者意識が

曖昧で

曲のメッセージとしては

やや弱いのではと指摘しました。

異論は御座いますと思いますが

やはりニートを

イギリスの労働者階級に準える

のには少し厳しいのではと思います。

僕は

岡崎体育さんの""が

大好きで

よく動画を見ています。

この曲での

メッセージが凄くて

謂わば"認知症"。

それ自体は

星野源さんからお借りしたのかなとも思うのですが

ただ岡崎さんが歌うと

なにか違うのです。

今でも彼の音楽を追いかけ

聴いているのですが

いつも引っ掛かりながら聴いています。


ビデオがすごくて

自室を

撮影しているだけの動画なのですが

それだけで

全てを物語ってしまう。

前述を

覆してしまうようですが

これはもうお見事のひとこと。


こういう

映像美のシンプルさというのは

すごく参考なるし

実はぼくもちょっと

次回作で似たようなことを

やろうと思っています。


今回は敬意の思いも込めて

紹介してみました。


岡崎体育さんの

式。

でした。

出典 : 岡崎体育 Official YouTube Channel



2026年5月18日月曜日

一日一曲「雨が空から降れば / 小室等」

ぼくは

今から10年ちょっと前に

竹原ピストルから

弧を描くように

友部正人さんに行き着き

そこから

70年代フォークに

開眼し、

第2の音楽人生を

始めたわけです。

その10余年の間に

それらしい曲も書いたし

彼らの歌を歌ったりもした。

けれど

近づけば近づくほど

足らなさを

感じていきました。

ぼくは今はもうはっきり

彼らの仲間入りが

したいと思っているのかも知れない。

その為には

その時代背景を学ばないと

いけません。

その詩はどこから来たのか。

ヌーヴェル・ヴァーグとは

どんなムーブメントなのか。

フォークはどこから来たのか。

70年代から

90年代、

高度経済成長期で

ハイビジョンの画面の中、

あっという間に

周りはカラフルな

衣装を着て

当の本人たちは

取り残された時代遅れ。

けれど今

彼らだけが

表現としてバテていないように思う。

小室等さんの冴えなさが極まった

ルックスは

音楽の本来そのものの

力への信頼の

表れなのでしょうか?

雨が空から降ればという

歌の雨は

どうやら

特に暗喩を含めたものではないみたいです。

悲しみや切なさとも違う。

当時

どのような思いで

聴いてたのかな。

それを知るには

もっと言葉に

耳を傾け

その時代を知らないと思う

小室等さんで

雨が空から降れば。

でした。




2026年5月14日木曜日

一日一曲「ヴァイオレンス・オブ・サマー / デュラン・デュラン」

デュラン・デュランは

前回のオーディナリー・ワールド

続き2週目で

今回はヴァイオレンス・オブ・サマー

この曲を初めて聴いたのは

1995年くらいで高校生だったと思う。

洋楽に

精通し出した頃で

遡って聴くようになった。

もともとテクノな音のYMOが大好きで

ブルーズギターを

全面に出したバンドサウンドには触手が動かなかった。

その中で聴いた

デュラン・デュランの音楽は

言うなればどストライクだった。

演奏すると言うよりも

創造的で

ギターもシンセサイザーのように使い

ピンポイントで鳴らす

センスを研究したこともあります。

リアルサウンドでは

なくメッセージにも

普遍性がなかったので

徐々に離れていくことに

なったのですが

日本では緑黄色社会が

とても近い存在だと思います。

この曲と収録されたアルバム、リバティは

ヒットしませんでしたが

このアルバムでの方法論は

次のザ・ウェディング・アルバムで

見事に結実し大ヒットしました。

当時、テクノ・サウンドが

台頭し出した頃で

バンドも会社も売り出し方が分からなかったのでは

ないでしょうか。

邦題も"夏のヴァイオレンス"で

そりゃ売れんわな。

この曲の

少し外したシンセメロディー、

力強いキックドラム、

第2期黄金時代を支えた

ウォーレン・ククレロの控え目だけど

完璧なギター。

そして洗練されている

サイモン・ル・ボンの声。

灰色の高校生活を

送っていた僕は

その世界を大いに夢見ました。

でも音の引き算というのは

ここで学んだし

僕の音作りの

礎にもなりました。

当時は

曲作りの構成など全く

分かっていなかったけど

こういう曲を作って

天下を取るんだと渦巻いていた

ヴァイオレンス・オブ・サマー。

デュラン・デュランでした。



2026年5月2日土曜日

一日一曲「踊り子 / Voundy」

Voundy(バウンディ)は

spotifyで知りました。

いい曲だなとも思いましたが

それ以上に

気になったのがその聴こえ方でした。

どうも日本人には聴こえなかった。

確かに日本語で歌っているのだけど

韓国や中国の方が

熱心に日本語の唱を歌っている。

そんな印象でした。

コリー・ウォンというギタリストと共作していたりと

その辺りに秘密が隠されているのかな?

キング・ヌーにも感じるけれど

どうも日本人っぽくない。

世界基準というより

もっと言うとアジア圏から出てきた。

そんな印象を受けます。

聴いている人も語弊があるかも知れないけれど

そんな方が多いのではないでしょうか。

それにしても

踊り子をアルバムのフックというか

勝負曲に持ってきたのは

誰のアイデアだろう?

いい曲だけど

こんなシンプルな曲が

ヒットしたのは

いろんな意味で

幅が広がったと思う。

”踊り子”という曲名も

やっぱり日本語な感じがしませんもんね。

大ヒットしたというより

日本語以外の音楽が

受け入れられてきている。

そんな間口を感じさせる、

Voundyの”踊り子”でした。