YMOを
知ったのは
1993年。
フジテレビで
放映された
カルトQという番組で
東風(Tong Poo)を
聴いたとき、
体に何かが起きた。
それまでは
B’zやチャゲアンドアスカなど
どっちかって言うと
アイドル的な聴き方を
していた僕に
初めて
"音楽"を体験させた。
次の日に
迷いなく
隣町のレコードショップに行き
ベストを買っていた。
中学2年生だった。
歌がなく
あるのは
東洋的なメロディ。
そしてシンセサイザーの音。
今でもこの曲が
特別なのは
あの
ゲリラ的な始まり方。
世の中に喧嘩を売っている
低い低音の音が
妖しい予感をさせる。
逝去された
坂本龍一さんが
後にYMOはバイトだったと
語る
軽薄さもアブナイ感じで良かった。
今思えば
前述のアイドル達を
アイドルなりに聴いて来た
耳が肥えて来て
ネクストレベルに
到達したのが
たまたまYMOだったのかなと
思うけど。
中学1年、
イジメに遭い
友達のいなかった
ぼくの時間を
とても有意義なものにしてくれた。
夢中だった。
お小遣いを
全部YMOに遣ったんじゃないかな。
今もう一度
YMOが現れてくれたなら。
こんなつまらない
世界から
連れ去ってくれたなら。
あの中学2年生の頃と
今をダブらせる。
今はもう聴かないYMOの
東風(Tong Poo)
でした。
ヴィレッジ・ピープルを
ご存知だろうか?
グループは
知らすとも
YMCAは
知っているのではないでしょうか。
西城秀樹さんが
ヤングマンという
タイトルでカバーしているあの曲です。
ヴィレッジ・ピープルは
フランス人音楽プロデューサー、
ジャック・モラリによる
男性コーラスグループ。
ゲイに訴えるという
コンセントを元にした。
モラリが
ゲイのディスコで
見た
インディアンや作業服の
コスプレから
着想し
メンバーを集めた。
同曲は
大ヒットを飛ばし
スターの仲間入りを果たした。
ヤング・マン・クリスチャン・アソシエーションの
略で
キリスト教徒の為の
宿舎という意味ですが
ゲイの溜まり場という
暗喩もある。
ぼくはU2の
ディスコティックという曲で
彼らの
コスプレを
パロディにした
ミュージック・ビデオで
その名を知りました。
メンバーチェンジを
繰り返しながらも
活動を続けている
如何わしく
熱い
ヴィレッジ・ピープル。
曲はYMCA。
元気だなぁ。
U2は
何周目に入ったか分かりませんが
U2です。
世界的に認知されている
この曲。
しかしながら
ぼくはまだ
この曲を
掴みきれていません。
悲痛なラブソング、
宗教によって
引き裂かれた
恋人の話。
諸説ありますが
もっと深みがある気がします。
何と言うか
虚無そのものを描いているというか。
聞いたことがあるのが
こんなにU2らしい
曲が大ヒットしたのが
不思議だという事。
なるほど
確かに
ヒットソングは
そのアーティストの中でも
割と軽いというか
ちゃちゃっと書いたものが
多い傾向がありますよね。
そんな中で
U2の本道の
ようなこの曲が
大ヒットしたのは
一重に
ライブ活動で
地道に距離の近い
ファンを獲得していったからかも知れません。
この曲の眉唾なのは
最後のジ・エッジのギター。
ヴォーカルのボノの
ファルセットボイスが
終わった後
派手なギターソロではなく
淡々と
控えめな
同じリフが続きます。
これは
ジ・エッジの発明で
ぼくも真似しました。
トーンを落とす事で
物思いに耽ってしまうという
高級な技です。
ベーシストの
アダム・クレイトンの
ベースラインも
U2印で
多くのグループか模倣しています。
ぼくもご多分に漏れず。
ぼくもこんな曲が書ければ
億万長者になれると本気で思っていました。
なかなかそんな曲は書けない
U2の
ウィズ・オア・ウィズアウト・ユーでした。
先日
ラジオを点けていたら
流れてきたのが
コトリンゴさん。
消えそうな声で
囁くように歌う。
怒られるかも知れないけど
こういう人は
ぼくが音楽活動をする上で
いつもいました。
線の細い
弾き語りの
女性アーティスト。
伽藍洞の
ライブハウスにいつも
華を添えてくれました。
あまり意識してこなかったのですが
敢えて失礼を
承知で言えば
同じ弾き語りでも
ちょっと
ぼくとは
出生が違う。
野心がないわけではなく
ふつふつと
確かな
想いを
抱きながら
活動をされている気がします。
素敵だな
というだけでなく
弾き語りの
在り方に
沢山の可能性を
見てしまうのです。
悲しくてやりきれないは
ザ・フォーク・クルセダーズの曲ですが
これは
コピーではなく
カヴァーです。
その辺りについてはまた
今度という事で
コトリンゴ。さんで
悲しくてやりきれない。
でした〜
キロロは
1995年に結成した
90年代アーティストですが
ほくが普段から
言っている
"オルタナティブ"とか
"UK"であるとか
そういうところと
全く関係ないところで
発掘されました。
でも
激動の90年代
洋楽が
熱かったあの時代
その辺りの
音楽を聴いていないわけが
ない筈である。
ただ
ピアノ弾き語りという
黄金旋律を見つけてしまったので
"打ち込み"であるとか
"バンド"であるとか
そういうものに
素早く距離を置くことに
成功した
稀な人たちです。
画期的で
この曲で
女性アーティストの
間口を
ぐっと押し広げました。
愛してる、まさかね
そんなこと言えない
という細かい機微。
1998年当時
同僚だった
さやかちゃんに
真面目に
なんで?
と聞かれたのを
思い出します。
その深い洞察力は
海外の
詩を沢山
読み込んだからではないでしょうか?
アジア圏に
絶大な人気を誇る
彼女たち。
ぼくも早速楽譜に起こさなくては。
Kiroroで
長い間。
でした。
こんばんは。
アウトサイダー企画
3日目。
トリを飾るのは
ゆらゆら帝国。
曲はゆらゆら帝国で考え中。
1日目は椎名林檎。
2日目はブランキー・ジェット・シティ。
3日目はゆらゆら帝国。
この3組に
共通するのは
作家性や作風以前に
めちゃくちゃテクが
上手いところです。
それは
何を意味するかと
申しますと
メディアを必要としない
あるレベルでは。
ということです。
結果的に
メディアが取り上げただけで
あり
独自の道を歩んできました。
実に羨ましい存在です。
昨日のブランキー同様
ゆらゆら帝国で考え中
を
聴いたときはぶっ飛びました。
詳細は
ご自身で調べてもらうとして
いい曲である
という
定義を完全に変えてしまっています。
という事で
3日に渡って
お送りしましたが
如何でしたでしょうか?
ほとんど欺瞞に近い
消化の仕方(楽だった。。)
でした。
また機会があれば
アウトサイダー企画は
やりたいです。
最終日は
ゆらゆら帝国で
ゆらゆら帝国で考え中
でした。
こんばんは。
3日連続アウトサイダー企画
2日目は
ブランキー・ジェット・シティ。
曲はぼくはヤンキー。
意外ち思われるかも知れませんが
ブランキー・ジェット・シティは
初の投稿。
サブスク解禁となった
今を狙った
訳ではなく
彼らに対しては
畏敬の念と申しましょうか
どのように
触れて
いいのか分からず
というか
もし
万が一
失礼があったら
ボコボコに
される可能性もあるので
2の足を踏んでいました。
ぼくはあまり
積極的に
彼らを聴くことはなく
なんかすごいなぁと
いつも端から眺めています。
10代のころ
ロメオの心臓という
アルバムを借りました。
90年代後期の作品で
彼らなりに
その時代の空気を吸って
取り込んだアルバムでした。
また何かの機会があれば
CDで聴きたいですね。
それくらい
音も良かったし
面白かった。
ただ彼らはピュアリスト
なので
外部の空気を
吸うことで
自爆してしまい
バンドの
生存を
自ら止めてしまいました。
その辺りについては
また別件で触れるとして
このぼくはヤンキーは
ロメオの心臓に収録されていて
初めて聴いた時
度肝を抜かれました。
パパ、ママごめんね、ぼくはヤンキー
という詩にです。
浅井さんは言葉の人です。
もちろんギターテクも
半端ではありませんが
彼らを
特別にしたのは
その文語力。
ちょっとカッコ悪い事で
深みを増す、説得力を持たす。
彼らを日本のグループと
思っている方が多いと思われますが
それは誤解です。
彼らは
現在のところ
日本の中で数少ない
世界基準の
トリオです。
昨日の椎名林檎同様
これからが
楽しみな
ブランキー・ジェット・シティ。
曲は
ぼくはヤンキー。
ホントすごい詩だなぁ。
今日から
3日に渡り
アウトサイダー3部作と銘打って
お届けしたいと思います。
一日目は
椎名林檎嬢。
曲は
真夜中は純潔。
ぼくが
椎名林檎を聴かないのに
決定的になった曲で
大嫌いな曲でした。
なんせそのクレバーぶりが
鼻についた。
当時は若かったし
異質なものを認める度量も無かった。
女の子を
デートに誘えたその日
ラジオから流れたこの曲に
悪態を吐くという
大失態をしてしまい(時間を元に戻してください!)
忘れられない曲になった。
林檎さんは
早くから
昭和歌謡に着目していた人であり
この曲でも
そのセンスは
抜群に評価できます。
今また若い世代に依って
再評価されつつある彼女。
歴史に名前を刻んだ
これからが
面白い
椎名林檎で
真夜中は純潔。でした~
ぼくは
今ではすっかり
アニメを観なくなりましたけど
子供の頃は
どっぷり
浸かっていました。
音楽を志すように
なる前
ぼくは漫画家になりたかった。
架空のキャラクターを
描くのが大好きでした。
本格的に
Gペンにケント紙を
揃えて
ストーリーも描くぞ!
と意気込んだのですが
建物の絵を描き方が分からず
挫折してしまいました。
遠近法が理解出来なかったのです。
悲しみよこんにちはが
主題歌だった
めぞん一刻は
再放送で
観ました。
主役の
音無響子さんの
いじらしさ
に
やられてしまいました。
当時
二十歳くらいで
ニートしていたので
今思うと
何やっていたんだろうと。
作曲が
玉置浩二さんで
甘いメロディは流石。
森雪之丞さんの
詩も切なく
斎藤由貴さんの
声は
儚いてす。
ぼくは恋愛する時、
この漫画を
参考にしてしまうのですが
それって
どうなんだろう。
と思いながら
斎藤由貴さんの
悲しみよこんにちは。
でした。
レディオヘッドも
確か3周目です。
レディオヘッドというか
トム・ヨークは
沢山の名曲を残しました。
ギターテクが
半端ではなく
詩
よりも
楽曲が素晴らしく
ぼくも
彼のように
曲が書けたらと
思いながら
作っています。
レディオヘッドで
一番好きな曲を
挙げろと
言われたら
ゼア・ゼア
を推します。
レディオヘッドの音楽は
ネガティブです。
それは発明でした。
今までそんな
音楽は無かったからです。
ただネガティブであることを
歌う。
そんな中で
安らぎを感じる。
最弱であることで
高潔さを保つ。
そんな音楽です。
けれどこの
ゼア・ゼアは
とても
生のエネルギーを感じます。
なにかこう
世の中に対して
諦めていた
青年が
少なくとも
諦めることはなくなった。
そんな
清々しさを感じます。
ここから彼らは
シングルバンドになり
ぼくは
一向に聴かなくなってしまうのですが
それは
彼らが望んだことではないでしょうか。
この曲のコード使いも
面白く
ぼくのスタンダードになりました。
最後の
おれたちはアクシデントだ
起こるのを待つよりも
という詩が
めちゃくちゃカッコイイ。
レディオヘッドの全能ぶりを
見せつけるには
もってこいのラインです。
最弱が
打って変わって
恐慌を災う。
この反転ぶりが
スリルな
レディオヘッドの
ゼア・ゼア。
泣き寝入りするな。
やり返せ。
1935年、
昭和10年に
北海道は
札幌でソーラン節は生まれました。
北海道の
沖合漁業で
ニシンを
採り上げる際の
掛け声として使われ
作業効率に
充分役立ったそうです。
元々は
ソーラァ、ソーラァ
だったのですが
あまりの寒さに
口を閉じることが出来ず
ソーランに。
音頭取りは
時に
わざと卑猥な替え歌をし
漁夫の
笑いを誘って
眠気を覚ましたそう。
とても
ありふれた
言い方になってしまいますが
やっぱり
人間の
働く
職場って
そうじゃないとなぁ
と思ってしまいます。
AIが
世の中に
入り込んできた
今
そういう
らしさ
が
必要だと思います。
演奏は
ボンボンアカデミー
という
グループのが
かわいらしかったので
選びました。
ソーラン節。
でした。
もしかしたら
僕がiriの
ような
若いアーティストを
取り上げるのを
意外に思われる方も
いらっしゃるかも知れません。
僕自身
こんな
最新の方を
紹介するのに抵抗があります。
僕は彼女の
音楽が好きで
良し悪しは
別にして
新曲はいつもチェックしています。
hugを
初めて聴いた時
日本語だけで
こんなR&Bを
鳴らすアーティストが
現れたのだと
隔世の感を
覚えました。
高校生からボイトレ。
オーディションでグランプリを獲得、
その流れで海外留学。
その鮮やか過ぎる
経歴に
嫉妬しながらも
実はもう30代という
キャリアに
納得してしまいます。
メジャーで
こういう人が
いる中
インディーズは
何をやっとるんだと
自分のことは
棚に上げて
憤慨してしまいます。
その可能性に
眩しさを感じながら
iri。
で
hug。
でした。
松山千春さんは
2周目で
前回の恋に
続き
長い夜。
この曲は自身最大のヒット曲であり
寺尾聰のルビーの指輪を首位から
蹴落とした楽曲。
エレキギターの
ギュイーンっていう音が
格好いいですよね!
松山千春さんと言えば
正月明け早々
スポーツ新聞を賑わしています。
年末の紅白歌合戦に対して
持論を展開。
ご本人は
出る気はないとおっしゃって
おきながら
しっかり
見とるやないかい、と
思わず突っ込みを
入れたくなるのですが
そこは御愛嬌。
名前こそ
出しませんでしたが
紅白でのこっちのけんと
への批評が
鋭く
まぁ、流石だなぁ。と。
昨日の続きで
ぼくは
はいよろこんで
がヒットした要因を
あれこれ考えていました。
リズムなのか、
ファッションなのか
歌詞なのか
菅田将暉の
弟だからなのか。
やっぱり
その歌心
なんですよね。
曲が
売れるのは
漏れなく
例外なく
歌心が
あるから。
インストゥルメンタルでも
関係ありません。
はいよろこんで
が
万人に
届いたのは
その謙虚な心。
やっぱり
どれだけ
ロジックを重ねても
その
原理原則には
敵わない。
あちゃー、という感じです。
これはまた
勉強し直さないと。
という事で
2日に渡って
曲がヒットする要因を考察してみました。
松山千春。の
長い夜。
でも僕は紅白出ますよ!
今年を象徴する曲は
間違いなく
こっちのけんとの
はいよろこんで
なのですが、
僕は
ここのところ
ずっと
なんで
この曲が
こんなヒステリックな
数字を
積み上げたのかを考えていました。
苦労人であるのは
間違いないし、
リズム感も抜群である。
ビジュアルも
最高だし
ミュージックビデオも
面白いですよね。
菅田将暉の
弟であるのも
関係しているでしょう。
ぼくは
個人的に
昭和のテイストを
取り入れたのが
勝利の要因なのかなと
邪推しているのですが
それにしても腑に落ちない。
こっちのけんとの
はいよろこんでは
2024年の
紅白歌合戦白組の
出場曲にもなりました。
何故?
この曲が
そこまで
時代を捉えることが
出来たのか。
という事で
これは
明日にも続きます。
こっちのけんと。
で
はいよろこんで。
でした。
今の若い人たちには
届かないかも知れないけれど
ぼくの世代に
とって
ダウンタウンは
絶対だった。
今
とても残念な事に
なってしまっているけど
僕は彼らが
王者に
返り咲くことを信じている。
すかんちの
恋のマジックポーションが
オープニングを飾った
ダウンタウンのごっつええ感じ。
面白かった。
あの頃のお笑い。
面白いというのもあったけど
格好良かった。
なんていうか
すごく大人だったんですよ。
悲しみを
知っていた。
それを
悟らせない
奥ゆかしさがあった。
今は
もう全部オープンで
それが
正義になっているけど
それってどうなんでしょう。
あなたのことを知らないから
惹かれるんじゃないでしょうか。
恋のマジックポーションは
1991年に発表された。
ローリー寺西の
その
完成されたルックスに
ミュージシャンというよりも
訳知りの
業界の人という印象を持っていた。
今では
そのギターテクニック、知識が
評価され
不動の地位を保っているけど
当時は完全にイロモノだった。
すかんちも
その悲しみを隠す人たちだった。
今の人たちみたいに
それを売りに
しない人たちだった。
何故
ローリー寺西が
今でも現役なのか。
何故
人々を惹きつけるのか。
そこに
ヒントが隠されている気がします。
すかんちって反対から読むと
そういう意味なんですね。
恋のマジックポーション。
でした。
暫く
濃い内容が
続いたので
箸休め的な投稿を。
と言っても
クラクソンズは
刺激的で
箸休めにはなりません。
2005年、
彼らが
出て来た当時
アジアン・カン・フー・ジェネレーション
を初めて聴いた時と
同様、
僕は
もう
新しい枠に
自分の席がないことを悟りました。
クラクソンズの
音楽的な
実験性は
ナチュラルで
大胆で
僕がやろうと
していたことを
悠々と越えて行きました。
詩も書ける。
今思えば
世界観が
しっかりしていた。
そこで
彼らは勝っていた。
僕はそこから
渋々
未完成の曲を
作り上げていく
作業に入りました。
活動初期の
猛々しさはなく
それは
真っ当な曲作りでした。す
MDに収めた
12曲。
それでも
何とか
12曲仕上げた。
勿論それは
御蔵入りになるのだけれど。
アトランティス・トゥ・インターゾーンの
粗暴なイントロの入り方。
力強いキック。
ハチャメチャな
構成。
けれど
それは
確かな演奏と技術に裏付けられたものでした。
はっきり言って
敵う訳なかったんです。
そこから
僕が
日本の
70年代フォークに
開眼するのは
10年もあとのことです。
2025年、
クラクソンズ程ではないかも知れないけど
初期衝動たけでは
ない
確かな技術がある、
クラクソンズの
アトランティス・トゥ・インターゾーンでした。
えー、昨日
"蛇足"をテーマに
くるりのばらの花とスーパーカーのMy Girlを
取り上げました。
その2曲に
通ずるのは
エンディングの
最後の1行が
要らないということでした。
謂わば不正解。
では正解は?ということで
U2の
を取り上げます。
この曲は
神さまに
向けた
ラブソングで
延々と
神さまあなたが
どれだけ素晴らしいかと
歌い上げます。
そして
2回サビが
終えたところで
エンディングに入ります。
そこで最後に
歌われるのが
一体ぼくのどこが間違ってるの?
というラインです。
面白いのは
これは
逆説的に神さまを責めているのです。
これはつまり
本文が続いて
最後にエンディングを付け加えたわけではなく
最初から
オチも計算して
5分以内に収めているのです。
なので
曲を聴き終わった後に
深い余韻があり
色々考えさせられます。
やっぱり
半世紀活動している
グループですよね。
作家に余裕を感じます。
また
日本の作風の
現時点での
限界も感じてしまいます
ということで
2日に渡って
どうせやるなら
ここまでやってほしい意味で
1日目はくるり、スーパーカー、
2日目はU2
のホエン・アイ・ルック・アット・ザ・ワールド。
でした~
最近、くるりも
スーパーカーも
投稿したばかりですが
今日は
"蛇足"をテーマに
まとめてお送りしたいと思います。
この
ばらの花とMy Girlに
共通するのは
両方とも
5分くらいの
ポップソングで
サビが2回。
そしてキモが
アウトロで
エンディングの部分があるということ。
ばらの花は
一番のサビを繰り返すだけ。
My girlは
そして僕らは恋の映画の恋の迷路に消えていくのさ
という
部分。
この二つに言えることは
特にいらない。
という事です。
この2曲が
発表された2000年付近は
実はこの
蛇足を
付けるのが
大流行りで
実はぼくも
やってました。
というより
今でも
事ある毎に
やっています。
ぼくは
2曲とも
大好きなのですが
この
アウトロの部分がいただけない。
前者は
その所為で曲が太ってしまい
ぼたっとした印象に。
後者は
説明しすぎで
折角本文はいいのに
その所為で臭くなってしまった。
結論から言うといらない。
決して両者に恨みはないのだけれど
この"蛇足"については
明日も続きます。
くるりのばらの花と
スーパーカーのMy Girl。
でした。
ラブ・サイケデリコの
KUMIさんは2つ上のお姉ちゃん。
NAOKIさんは五つ上。
なので
ぼくより
少し強上の世代の人たち。
今の若い人たちには
もしかしたら馴染みが
ないかも知れないけど。。
いや逆か。
彼らが売れた90年代後半も
今も
彼らの名前を
知る人はあまりいない。
でも曲を聴くと知っているという。
それは
彼等が
パッケージで売ったのではなく
楽曲のみで売れたことを意味します。
時代が味方したのも大きい。
野心がなく
周りが
事を進めた最高の形。
そういう意味で言うと
選ばれた人、天才。
1997年、
僕が憶えているのは
なんでこんなに
音がスカスカなんだろうということ。
でもそれは
当然で
メンバーがいなく
デモのつもりで作った音源が
そのまま
マスターになったから。
それがミリオンセラーになるのだから
これはもうプロデューサーの勝利。
けれど実力はホンモノで
中村浩二が
認めるほど。
僕は数年前から
ずっと
路上でコピーさせてもらっています。
ぼくには
4つ上の兄がいて
どちらかと言うとその世代。
その世代がなにを思っているのか。
とても興味がある
LOVE PSYCHEDELICO。
のLast Smile。
でした。
サザンオールスターズは3周目に
なりました。
涙のキッスは
1992年に発表されました。
テレビドラマ
ずっとあなたが好きだった
の主題歌で
ミリオンセラーに
なった記憶があります。
この桑田佳祐という
人がどうも不思議で
なんで
原由子さんという
方が
いるのに
未練だったり
片思いの
曲ばかり
歌えるんだろうと。
浮気するようにも見えないし。
純に想いは
奥さんに向けられたもの
なのでしょうか。
振られたつもりで
生きていくには
駄目になりそうな程
悲しみが消えない
サザンの
桑田さんの
前向きな想い。
思わず敬意を
表してしまう
サザンオールスターズ。の
涙のキッス。
でした。